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東京地方裁判所 昭和60年(ヨ)2254号 決定 1985年9月30日

申請人

白鳥孝夫

右代理人弁護士

高村隆司

今村和男

被申請人

リマークチョーギン株式会社

右代表者代表取締役

小林一雄

右代理人弁護士

井上四郎

井上庸一

主文

一  被申請人は、申請人に対し、昭和六〇年九月から本案第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り金三〇万円を仮に支払え。

二  申請人のその余の申請を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請人

1  申請人が被申請人に対して労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対して、昭和六〇年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り金五〇万円を支払え。

二  被申請人

本件申請をいずれも却下する。

第二当裁判所の判断

一  被保全権利について

1  疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明はない。

(一) 申請外チョーギン株式会社(以下「チョーギン」という。)は繊維製品の製造卸売を業とする会社であって、傘下のいくつかの子会社を含めてチョーギングループを形成している。

申請人は、昭和五〇年三月渋谷区千駄ヶ谷に衣料の製造及び販売を業とする株式会社リマークスワン(以下「リマーク」という。)を設立し、自ら代表取締役に就任した。

ところで旧リマークは、キャリア層を対象とした高級素材使用の手編み品「アルホタ」のブランドと手横機及び自動機を用いた「リマークスワン」のブランド(以下両ブランドを「リマークブランド」という。)を中心とした商品を手がけていたが、昭和五五年頃から消費動向に対応するための投資資金を必要とし、また資金繰りが厳しかったことから協力者を探していた。他方チョーギンは婦人ニット部門において既に地方百貨店及び中級専門店などを対象とした商品を手がけていたが、昭和五七年四月ころには更に、単価・品質面で高級専門店指向の商品分野を開拓する方針を打ち出した。ここに両社の基本的要求が一致したことから、昭和五七年五月ころから業務提携の交渉が進められ、同年一〇月に次のとおりの合意が成立した。

(1) チョーギンが一〇〇パーセント出資の会社をチョーギン本店内に設立し、代表取締役には申請人及びチョーギン専務取締役小林一雄が就任する。

(2) 旧リマークは、営業を右会社に譲渡する。チョーギンは旧リマークの負債決算資金を旧リマークに貸付け、営業譲渡代金を右借入金に対する返済に充当し、不足分については申請人が保証し、更に申請人側で物上保証をする。

(3) 新会社の経営が黒字基調となれば旧リマークが新会社を吸収合併する。

(4) 新会社の運営については概ね、財務面と管理の責任をチョーギンが、営業面と商品企画を申請人ら旧リマークの従業員が行う。

そうして昭和五七年一〇月八日新会社として被申請人がリマークスワンの名称で設立され(以下被申請人を「新リマーク」ともいう。)、申請人及び小林一雄が代表取締役に就任し、旧リマークの従業員も新リマークに移った。

(二) 申請人は、代表取締役の一人であり、旧リマークの営業を熟知していたことから、昭和五七年一二月に同五八年二月一日から同六〇年三月三一日までの各期の売上高及び各期の営業利益高を予算案として立案してチョーギンに提出し、チョーギンもこれを基礎に予算を策定したが、営業実績は発足直後から下降線を辿った。そこで、昭和五八年一月及び一二月にそれぞれ実績をふまえた上で申請人において修正を行い、チョーギンの承認を得たが、実績はその都度目標を大きく下回り利益を計上することもできなかった。

また申請人の行った商品企画も受注見込みを遙かに上回った発注を重ねたため莫大な製品仕掛品・原材料の在庫を抱えるに至った。しかもこの間の昭和五七年末頃には今まで全くノウハウのないジャージ商品の新企画を行い大量の残原反を残す結果となった。

これらの売上げがのびなかった原因としては申請人自身の商品化計画や仕入計画に不備があったことのほかに、昭和五八年七月に従来の事務所を原宿に近い千駄ヶ谷から日本橋に移転したため、原宿への場所的近さを求める旧リマークからの従業員一一名中六名が退職したことや同所で行う展示会への客が減少したことも多分に考えられる。

なお旧リマーク当時には、勤務表もなく新リマークになっても日本橋に事務所が移転するまでは勤務表の管理がぞんざいであり、出張日報等も正確な記載がなされず、人事管理や経理面にも杜撰な面が見られた。

こうしたことから、新リマーク及びチョーギンは、昭和五九年三月、申請人には経営能力がないものと判断して新リマークの代表取締役からの退任を求めるとともに(同月三〇日辞任)、新リマークの立て直しをはかるため、チョーギンの婦人ニット部門を新リマークに合体させ、かつチョーギンによる掌握を強化するため役員の出向等を行った。そして、同月商号を現商号に変更した。

(三)(1) 申請人は、代表取締役を辞任したが、同日以降新リマークの企画室長及び販売課長として勤務することとなり、給与面でも従前同様月額五〇万円が毎月二五日支払われた。

申請人が企画室長及び販売課長として新リマークに採用されるに至ったのは、新リマークの扱う商品のブランドには「リマークスワン」「アルホタ」が依然としてあり、これらブランドは申請人が創り育てたブランドであって、基本的なイメージを壊すことができないため新リマークが申請人を必要としたためであった。

そして申請人は内田肇制作・販売課長から展示会開催の指示を受けると企画室長としてリマークブランドについて伊藤デザイナーとともに商品企画のための資料を検討し、その結果を資料として企画会議に提出して説明を行い、その結果決定されたデザインに基づいて見本を作成し、見本を見本会議に提出し、その結果にしたがって展示会に見本を提出し、展示会では販売員として説明を行う等の業務を行った。

そしてリマークブランドに関する専門店等への販売も申請人が中心となって他の営業部員とともに行った。

なお、申請人は企画室長及び販売課長として松本修一営業部長(以下「松本部長」という。)の指揮監督下に置かれていた。そして右企画会議、見本会議も右松本部長、内田肇製作・販売課長らによって構成され、申請人の意見は最終的には三分の一程度生かされるにすぎなかった。しかも製品・原糸・原反の発注権限はすべて松本部長にあり申請人にそのような権限は全くなかった。

(2) ところでリマークブランドの商品は、国内で生産され、販売期間も短く、コストの高い個性的なものであって専門店に一枚一枚販売される傾向にあるのに対し、新リマークで扱う他のブランドの商品は海外で生産され安価で多量に販売する量販店向き商品であって両者はその性格を全く異にしていた。したがってリマークブランド商品の販売計画や販売方法等も他のブランドと自ずと異なるところ、リマークブランドを扱う申請人以外の営業部員にそのようなリマークブランドの性格についての理解が不足していたことから、適切な販売方法が展開されたとはいえない状態であった。

(3) 申請人はリマークブランドについて営業を行うものとして、昭和五八年八月に昭和六〇年三月までの修正予算案を立案し、チョーギン本社で行われる予算審議会に出席してその説明を行うこともあった。

しかし営業実績は昭和五九年四月以降も全く不振であって新規の専門店開拓もできないまま、自己の立案した予算案に記載した売上げをあげることができなかった。

(四) そこで新リマークは、昭和六〇年三月二三日申請人に対し、同月末日限り解雇する旨通告するとともに、そのころ一か月分の給与として五〇万円(但し小切手)その他退職に伴う書類を送付したが、申請人は解雇は不当であると主張してこれらの受領を拒絶した。

なお、新リマークには右当時独自の就業規則はなく、一部訂正された旧リマークの就業規則が存在していた。そして旧リマークの就業規則四一条二号には解雇事由として「職務遂行能力または能率が著しく劣り、上達の見込みがないと認めたとき」と定められており、同六一条五号には諭旨解雇または懲戒解雇事由として「会社または他人の金銭、物品を不正に持ち出し、あるいは窃取、詐取したとき」と定められている。

2  以上の事実を基礎に検討する。

(一) まず申請人は昭和五九年三月三〇日新リマークに採用され、毎月二五日に五〇万円の賃金の支払を受けていたこと、同六〇年三月二三日新リマークから解雇の意思表示を受け、同年四月一日以降従業員として扱われていないことが一応認められる。

(二) (解雇の承認について)

被申請人は、申請人が右解雇を承認した旨主張するので判断するに、前示のとおり申請人は新リマークから送られてきた一か月分の給与五〇万円その他書類を解雇は不当であるとの理由で被申請人に返送していることからすれば、申請人が解雇を承認したものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる疎明はなく、被申請人の右主張は理由がない。

(三) 次に被申請人は、申請人は代表取締役時代と同等の待遇で採用されたものであって一般の従業員と異なり就業規則の適用はない旨主張するのでこの点について判断するに、申請人が代表取締役であった時と同額の給与を得ていたこと、リマークブランドについて予算案を作成し、提出していたことは認められるが、他方申請人は、予算案を作成し予算審議会に提出するもののそれは単に説明資料にすぎず、その決定に参加していたとは認められないこと、そして申請人は松本営業部長の指揮監督の下、リマークブランドの見本作成や販売を行っていたのであることを考慮すると、申請人が代表取締役に準ずる程の或いは就業規則が適用されない程の高度な職務権限を有していたとは認められず、その権限は課長職程度の管理職とみるのが相当であって、しかも申請人に就業規則の適用が排除されるべき特別の事情も存しない。

したがって被申請人の右主張は採用しえず、申請人は、一部訂正して新リマークの就業規則とされた旧リマークの就業規則の適用を受けるものと認められる。

(四)(1) 被申請人は申請人には前示就業規則四一条二号の解雇事由がある旨主張するので判断するに、申請人は企画室長及び販売課長としてリマークブランドの商品について商品企画のための資料を提出し見本を作成し展示会等を通じて販売を行っていたのであるが、これらリマークブランド商品については全く利益が計上できず、自ら提出した予算案上の売上げも達成できない状態であったことが認められるが、他方申請人が代表取締役を辞任するに至ったのは前示のとおり予算案の策定等の経営能力に関して被申請人やチョーギンが疑問を持ったためであって、企画室長に就任後も予算案の策定を申請人の職務内容に加えていたものとは認め難く、申請人の行った予算案の立案は予算審議会の一資料程度にすぎないものと推認されること、申請人の商品に関する企画も企画会議や見本会議を経て決定されるため、申請人の企画や意見が会議で承認されるのはその三分の一程度である上、商品等の発注等には全く関与できなかったこと、また販売についても、営業部員にブランドの性格に十分な理解がなくそのために販売方法もリマークブランドの商品にあわせた形でなされたともいえない面があることなどの事情が認められ、これらの事情を考え合わせると、リマークブランドの商品について利益が上らなかったことの責任が一に申請人のみにあったということはできず、いまだ就業規則四一条二号にいう能力がなかったものということはできず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

(2) 被申請人は申請人が二重に出張旅費の支給を受けたことをもって就業規則六一条五号に該当する旨主張するのでこの点について判断するに、(証拠略)の勤務表と、(証拠略)の出張日報等の記載からすると、勤務日に出張日報が出されていたり、また同日に二箇所に出張した記載もあり、また出張日報が他の事実と一致しないこと及びこれら出張日報に基づいて旅費の仮払いがなされたことが認められるが、右勤務表の印影は同一の形状である等まとめて押印したものと推認されるものも多く、必ずしも日々正確に押印されたものとは認め難く、(証拠略)の出張日報も一連の出張を数枚にわたって記載されたと認められるものもあり、また疎明資料によれば申請人以外の者が客を接待した場合でも申請人が接待したものとして仮払いの請求をしたことから、申請人の出張日報と一致しないことも認められるのであって、出張日報自体必ずしも正確でないこと、また出張日報通りの二箇所への同日の出張も可能な部分もあることからすれば、勤務表や出張日報等の記載から申請人が出張旅費を二重に取得したということはできず、しかもこれらはいずれも申請人が新リマークの代表取締役であった当時の事情にすぎないことも考慮すると、被申請人の右主張はこれを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる疎明はない。

したがって、被申請人の申請人に就業規則六一条五号の事由がある旨の主張は理由がない。

(3) 以上のとおり本件解雇は就業規則に該当する事由がないにもかかわらずなされたものであって無効といわざるを得ない。

3  したがって申請人は被申請人に対して労働契約上の権利を有する地位にあるものと認められる。

そして前示のとおり申請人は被申請人から昭和五九年三月三〇日以降毎月二五日限り賃金として五〇万円の支払を受けていたのであるから、申請人は被申請人に対し昭和六〇年四月以降毎月二五日限り五〇万円の賃金の支払いを受け得る賃金請求権を有するものというべきである。

二  保全の必要性について

1  疎明資料によれば、申請人は妻と子供二人(小学生五年生、同一年生)とともに生活し、被申請人から支給される賃金の外に収入の途はなく、被申請人から賃金を得られないことにより生計の維持に困難を来していること昭和六〇年四月には小遣い六万円を含め三六万八五六二円、同年五月には小遣い五万円を含め三五万八三〇四円、同年六月には小遣い六万円を含め四〇万三一〇〇円の生活費がかかっていることが認められ、右事実によれば賃金の仮払を命ずる必要性があるところ、右生活費には小遣いなど節約可能な部分もあり、その範囲は月額金三〇万円をもって足りるものと認められる。もっとも申請人は昭和六〇年四月以降本案判決確定に至るまでの仮払を求めているが、本件審尋終了時の昭和六〇年八月までの分についてはその過去分の支払いを受けなければならない特段の保全の必要性は認められず、また本案訴訟の第一審判決において被保全権利が認容されれば、通常仮執行の宣言を受けることによってその目的を達し得るから、それ以後の仮払を求める部分については保全の必要性を欠くものというべきである。

2  申請人は、また雇用契約上の地位を仮に定める旨のいわゆる任意の履行に期待する仮処分をも求めているが、アパレル業界の特殊性を考慮してもなお、賃金の仮払を命ずる以上にかかる仮処分を発すべき保全の必要性は認められない。

三  よって本件仮処分申請は、主文第一項の限度で理由があるから事案に照らし保証を立てさせないでこれを認容することとし、その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 遠山廣直)

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